●本

本の感想。


1. ●ありきたりの狂気の物語 チャールズ・ブコウスキー

ドイツ生まれのアメリカの詩人兼小説家。アルコール描写が多く、かなりの飲んだくれ人間のチャールズ・ブコウスキー。
朗読会でもウイスキーを手放さず、書く小説も酒と女と暴力の話が多い。
郵便局で働きながらコツコツと小説を投稿していたようだ。本格的なデビューは四十代後半のかなり遅咲きの作家である。
多作な作家であり、詩と小説を六十冊以上出しており未翻訳の本も多い。実は金も溜めていたらしく結構真面目な面も見られる。
ブコウスキーの文体はアーネスト・ヘミングウェイの影響が強い。
トルストイもカントもバーナード・ショウもシェイクスピアもこき下ろし、ヘミングウェイとジョンファンテとセリーヌを信仰する男。
かなりきつい言葉遣いも多く、テンポ良く罵倒やら世の中の恨みつらみが飛び出してくる。

しかしこのアナーキストの粗雑な男は決して強者なんかではない。
なんせ働いて日銭を稼がなければならない。二日酔いの最悪の状態で十二時間働かなければ家賃が払えない。
とにかくブコウスキーの話には酒の次に労働話が出てくる。嫌々ながら働かないと金はどこからも出てこない。
大家に勝てない。権力にも勝てない。警察にも会社の上司にも勝てない。
女にも勝てない。頭がおかしい女しか寄ってこない。そして最後には逃げられてしまう。
競馬をすれば負ける。負けるのが分かっていても競馬場に足を運び、時間と金を奪われていく。
父には虐待され、母には泣かれる。金がない男はとにかく悲惨で、弱者なのだとブコウスキーは問う。
一体誰がブコウスキーをこうしたのか。社会はだれもかれも気違いに変えてしまうのに、誰もそうは言わない。
仕事と女房に、怪物めいた宣伝や広告に、政治に、公教育に騙されて金を吸われ続けているというのに。ブコウスキーは諦念に至る。
それでも生きていかなければならない。ブコウスキーはマシンガンのようにタイプライターを叩き、文章をひり出していく。

なかなか苦労人のブコウスキーだが、継続は力と言ったところか、次第に理解者も増え晩年は穏やかに暮らしていたらしい。
出版社から定期的に金が振り込まれ、結婚し、朗読会を大学で行い、なんと映画化もされた。旅行記も出した。
そこらへんは「ブコウスキーの酔いどれ日記」「死をポケットに入れて」などが詳しい。
死の寸前までマッキントッシュのワードプロセッサで執筆を続けた。
ラジオから流れるマーラーに耳を傾け、ゆで卵にパプリカをまぶして、相変わらずビール缶とウイスキーの小瓶を二時間で空けて。

本によって翻訳者がまちまちで出来不出来もある。オススメは青野聰氏。独特な強調が気になるけどこの人の訳が一番と個人的に思う。
ありきたりの狂気の物語は短編集で、ほぼ全ての短編で飲んだくれの男が主役だ。
収録中で好きな作品は「馬鹿なキリストども」
ゴム工場で延々働かされていたダンはついに仕事を辞める。その後出版社からスカウトされてニューヨークに向かうが…
最後はメキシコの片隅に消えてしまう男の御伽噺。

批評家にはこき下ろされて、ブコウスキーの翻訳者もアカデミックな場でその名を出すなよと咎められる始末。
誰もかれも楽しんで読めるとは思わないけれど、若く燻っている青年達には薬になるかもしれない。


もどる